肥薩線で活躍した列車たち
 くまがわ号
 
S34.4 人吉〜門司港に準急として開通
S41.3 急行に一本化
S55.10 博多〜人吉に短縮
H7.4 熊本〜人吉に短縮
 
 くまがわ号
  昭和34年4月、門司港〜人吉を結ぶ準急「くまがわ号」が開通しました。
39年2月まではキハ55・26型、その後はキハ58・26型が使用されました。40 年10月には下り線の一部が湯前線に乗り入れるようになり、41年には準急が急行に一 本化されました。  その後も新型車が導入され、45年7月には7両編成で全てが冷房車と なりました。この時期が最も活躍した時期といえます。
 その後、昭和55年には博多〜人吉間に短縮され、編成車両も徐々に減少していき、平成7年4月には2両編成となりまし たが、現在も熊本〜人吉間を頑張って走っています。

これまで急行として位置付けされていましたが、平成16年3月のダイヤ改正により「特急」に格上げされ、運行されています。
 
 えびの号
   昭和35年5月、熊本〜宮崎間に開通しました。翌月には増発され、「第1えびの号、第2えびの号」と呼ばれました。
  「第1えびの号」は八代〜博多間は「かいもん号」に連結され、博多まで運転されました。12月に「第1えびの号」は5両編成となり 、吉松から先頭の2両は西鹿児島行きとなり、肥薩全線に準急列車が走り始めました。
 37年4月には鹿児島本線の出水から山野線で水俣・大口・菱刈・栗野・吉松を走る1両編 成のミニ準急「からくに号」が開通しました。「第1えびの号」と「からくに号」が吉松 で連結して宮崎に向かいました。
 その後平成に入ると編成車両も減少し、3往復の「えび の号」は熊本〜宮崎間の開業当初に戻り、平成12年春のダイヤ改正で残念ながら姿を消 してしまいました。

 
 やたけ号
    昭和40年11月、下りは豊肥本線の阿蘇〜西鹿児島、上りは西鹿児島〜熊本 の変則的な準急「やたけ号」が開通しました。
 41年3月には急行へ昇格、50年には西鹿児島行きの「えびの号」を受け継ぎました。
  53年10月には快速に代わり名称は残り ましたが、編成車両は少なく「えびの号」に比べると地味な列車でした。昭和61年11月に姿を消しました。

 
 特急おおよど号
   昭和49年4月、博多〜宮崎間に肥薩線ではじめての特急列車として登場しました 。
 人吉〜吉松間の急勾配や大畑・真幸のスイッチバックなどで時間が稼げない ため、苦戦しましたが、55年10月に廃止されるまでの6年半の活躍は、肥薩線の歴史上唯一の特急列車として今も輝いています。

 
 トロッコ列車
   トロッコ列車・外の風を浴びながら景色を楽しむ娯楽列車として、肥薩線では平成6年7月に始めて運転され、花見列車やイベント列車として活躍しました。
 九州各地のイベント列車として現在も活躍していますが、再び肥薩線に登場するのを楽しみにしています。
 
 キジ馬号
   人吉鉄道事業部で図柄を公募し、多数の応募の中から郷土玩具「キジ馬」をあ しらった図柄が採用され、平成7年3月に登場しました。
 約2年半の間、定期列車ばかりではなくトロッコ列車や初詣列車など臨時列車でも大活躍しました。
 
 いさぶろう・しんぺい号
   スピ−ド時代を逆手にとり、「ゆっくり走る観光列車」として平成8年3月に人吉〜吉松間にお目見えしました。
 途中には、ル−プ線やスイッチバック 、そして日本三大車窓に数えられる霧島連山の山並みなど、鉄道マニアならずとも思わず 身を乗りだしたくなる風景が楽しめます。
  見晴らしの良い地点では停車し、更に、矢岳駅 ではD51型蒸気機関車も見学できます。 5年目になる今年もますます好評で、団体のお客様にも増結して楽しんでもらっています。
 列車名の由来は肥薩線最長の矢岳第一トンネ ル開通時の逓信大臣・山形伊三郎と鉄道院総裁・後藤新平から名付けたものです。

平成16年3月のダイヤ改正に伴い、火の国くまもとを意識し、外装は赤を基調としたフォルムに、内装はアンティーク調にリニューアルされました。
 
 SL人吉号 (人吉−熊本)
ハチロクこと58654号機は、大正11年製で、昭和43年6月に人吉機関区に配置されました。昭和50年3月に引退し、人吉市矢岳町のSL展示館で大切に保管されていましたが、昭和63年7月にオーバーホールされ、人吉−宮地間でみごと復活し、年3回以上人吉にも里帰りしていました。
 平成17年8月に老朽化のため運転を終了しましたが、平成21年夏から熊本−人吉間で復活することが決まり、肥薩線で再びその勇姿を見せてくれることになりました。